第三話 「プールの余韻と、多様な酒の風景」

第三話 「プールの余韻と、多様な酒の風景」

はじめに

泳ぎを終えた後というのは、不思議な時間です。

体内の水分は使い果たされ、筋肉は心地よく疲れ、心はどこか透明になっている。そんな状態で迎える一杯は、日常で味わうものとはまったく違う顔を見せます。

今回は、ビールや日本酒に続き、泡盛・いも焼酎・麦焼酎、そしてジン・ウォッカ・ウイスキーのソーダ割という、やや個性的なラインナップについて語ってみたいと思います。いずれも“プールの後”という独特のコンディションに寄り添った飲み方であり、その背景や特徴を思い出しながら、ゆっくりと綴ります。

泡盛─南国の陽光を呼び戻す酒

まずは泡盛。

沖縄の海を思わせるこの酒は、泳いだ後の身体にすっと入ってきます。米麹特有の香ばしさと、長期熟成によって生まれる丸みのある風味。それは、まるでプールで泳いだ後にシャワーを浴び、外気に触れた瞬間に感じる解放感に似ています。

プールの水と異なり、泡盛は口の中で「熱」をもたらします。冷やしてロックにすれば軽やかに、常温で飲めばどっしりと。特にロックで一口含んだとき、身体の中で失われた塩分やミネラルを取り戻すかのような錯覚すらあります。泳ぎで火照った身体に、南国の記憶を差し込むような感覚。それが泡盛です。

いも焼酎─土と大地のぬくもり

次はいも焼酎。

プールで漂う無機質な水の中にいたからこそ、いも焼酎の“土の香り”が際立ちます。泳ぎ続けた後の疲れた身体に、この重厚な香ばしさがどこか安心感をもたらしてくれるのです。

いも焼酎は、甘さとコクの奥にある“湿り気”のような感覚が特徴です。身体が乾ききった状態で飲むと、その湿り気が舌から喉へと染みわたり、体内に落ち着きを取り戻すような印象を与えます。特にお湯割りにすると、まるで温泉に浸かったかのような安心感を覚える。水を制御する泳ぎと、大地の香りに包まれる酒。この対比が、実に豊かな余韻をもたらします。

麦焼酎─軽やかな風のように

いも焼酎が大地であるならば、麦焼酎は風です。

プールで何百メートルと泳いだ後、肩の力を抜いた瞬間に吹き抜ける涼しい風。それに似た感覚を、麦焼酎は持っています。

すっきりとした麦の香ばしさは、汗や水滴の残る肌にさらりと溶け込むように広がります。後味に残る爽やかさは、平泳ぎのターンを終えて水面に顔を上げたときの呼吸と似ている。どこまでも透明で軽やか。泳ぎ疲れた体を重くせず、ふわりと浮かび上がらせる。プール帰りに最も“気軽に寄り添う”のが、この麦焼酎かもしれません。

ジン─水の清涼感とハーブの魔術

ジンは、まさに“水に香りを宿した酒”です。

ジュニパーベリーをはじめとしたボタニカルの香りは、プールの透明な水に一滴のハーブを垂らしたかのよう。水の記憶を鮮明に呼び覚ましながら、それをより洗練された形に昇華させます。

ジントニックにすれば、泳ぎ終わった身体に炭酸のきめ細かな刺激が心地よく、ライムの酸味が水中の呼吸感覚を呼び戻します。水と親しい酒だからこそ、プールの後に飲むと不思議な“つながり”を感じる。無味の水から香りある水への転換。ジンはその橋渡しをしてくれます。

ウォッカ─無味の中の鋭さ

ウォッカは、限りなく“無”に近い酒。

水と同じく透明でありながら、そこに確かなアルコールの刃を宿しています。泳ぎ終えた後、まっさらな身体に流し込むと、その切れ味が心身を一瞬で覚醒させるのです。

ストレートやショットでは強すぎますが、ソーダ割やカクテルにすると、その無味ゆえにどんな形にも馴染む。無機質なプールに似て、主張がないからこそ全てを受け入れる器となる。泳いだ後にウォッカを飲むと、ただ透明な時間が続くような、奇妙な静けさが漂います。

ウイスキーのソーダ割─深みを炭酸に溶かして

そして最後はウイスキーのソーダ割、つまりはハイボール。

プール後に飲むと、これは「総仕上げ」のような存在です。泳ぎで疲れた身体に炭酸の刺激が細やかに広がり、麦や樽香がその上に立ちのぼる。重厚でありながら軽快でもある、二重の顔を持つ飲み方です。

バーボンであれば甘い香りが心を満たし、スコッチならばスモーキーな余韻が泳ぎの疲労感を包み込む。炭酸に溶け込んだ琥珀色の世界は、プールで漂った水の記憶を、夜の静かな飲み時間へと移行させてくれる。ある意味で、最も「整い」に近いのがこの一杯かもしれません。

おわりに

泳ぎ終えた身体に酒を与えることは、単なる嗜好ではなく“感覚の再構築”です。

泡盛はいのちの熱を、いも焼酎は大地のぬくもりを、麦焼酎は風の透明さを、ジンは水の清涼感を、ウォッカは無の鋭さを、ウイスキーのソーダ割は調和と深みを。それぞれ異なる方向から、プールでリセットされた身体と心を再び満たしてくれる。

泳ぐことと飲むこと。この二つを繋げたとき、ただの運動でも、ただの酒でもない「余白の時間」が生まれるのだと思います。

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