休日の午後、塾での仕事を終える頃には、窓の外の光がずいぶん傾いていました。
昼間の鋭く突き刺すような光とは違い、夕方の太陽は輪郭を柔らかくしながら、あたりを金色に包み込みます。
机に置いたペンの影が、ゆっくりと長く伸び、部屋全体がまるで琥珀色のフィルターを通したかのように染まっていく。その変化は、時計の針よりも確かな時間の流れを教えてくれます。
外に出ると、建物の壁面は太陽を受けて、まるで内側から淡く発光しているかのようでした。舗道のタイル一枚一枚が西日を反射し、歩くたびに足元で光が踊ります。昼の名残りを抱いた温かい風が頬をかすめ、そこに混じるわずかな森の香りが、なぜか懐かしい気分を誘いました。
駅へ向かう道をあえて外れ、川沿いの遊歩道を歩くことにしました。視界の先には、ちょうど沈みかけの太陽が川面に長い光の道を描いています。きらきらと揺れるその道は、見ているだけで胸の奥が少し熱くなるほど美しいものでした。
途中のコンビニで、日本酒の小瓶をひとつ。純米吟醸のラベルが、夕陽に照らされて柔らかく輝いています。冷えた瓶を紙袋に入れ、近くのベンチへ向かいました。そこは、川面と空の境界が広く見渡せる特等席です。
袋から瓶を取り出し、キャップを開けると、ほのかに甘く清らかな香りが立ちのぼりました。グラスは持っていなかったので、瓶口をそのまま唇に当てます。一口含むと、米の旨みと控えめな酸味が、まるで夕陽そのものを溶かしたかのように広がります。
沈みゆく太陽は、空を金から橙、そして淡い紅へと移ろわせながら、やがて遠くの山の端に溶けていきます。川面のきらめきも次第に色を失い、代わりに街灯の明かりがぽつぽつと灯りはじめました。
この時間にしか感じられない、太陽の柔らかい余熱と日本酒の温もり。休日の終わりにふさわしい、静かで贅沢な一杯でした。
〜第一部・完〜