第三話:ラムと夜風 ― 静けさのなかに漂う記憶
日付が変わり、家の中がようやく静まり返ったころ。娘がすやすやと眠る寝室からそっと抜け出し、リビングの窓を開けてみました。
冷たい夜風が、カーテンをかすかに揺らします。湿気を含んだ空気とともに、遠くの車の音が微かに届き、静かな夜の存在感をいっそう濃くしていくのを感じました。
そんな夜には、ラムが似合うような気がしたのです。
ラムという酒のやわらかさ
ラムには、優しさと輪郭の両方がございます。甘さがあるのに重くなく、香りが華やかでもうるさくない。南の島の蒸留酒でありながら、深夜の日本の台所にもよく馴染みます。
今夜は、ハバナクラブ3年。
クセが少なく、炭酸で割っても香りが立ちやすい。冷凍庫で冷やしておいたグラスに氷を入れ、そこへ少し多めにラムを注ぎました。
炭酸と、風の音と
ラムの量は、おおよそ45ml。気持ちに合わせて、ジンやハイボールのときよりやや多めに。
次に、強炭酸水を静かに注ぎます。氷に直接当てないよう、グラスの内側を伝わせるように。泡が静かに立ち上がりながら、ラムの香りがふんわりと広がってまいります。
あえてミントもレモンも加えませんでした。風が動いている夜には、余計な香りはいらない気がしたのです。
マドラーで一度だけ混ぜ、窓辺にグラスを置くと、氷が淡く光を反射しておりました。
ひとつの報告と、時間の重さ
今日は、塾に通う高校生が模試の結果を持ってきてくれました。点数はまだ目標に届いていませんが、「英語だけは手応えがあった」との言葉が、印象的でした。
すぐに結果が出ないこともある。けれど、どこかで自分の変化を感じ取っているなら、それはもう、確かな前進だと私は思います。
そんな話を思い出しながら、私はひとくち、ラムソーダを口に含みました。
あたたかい夜風が頬を撫で、氷の音とともに、心がすっとほどけていくような気がいたしました。
カクテルという、ささやかな手紙
自分のためにつくる一杯には、感情を込めるわけではなく、ただ「整える」という意味がございます。
喜びも、不安も、疲れも、焦りも、すべてを氷とともに沈め、炭酸で浮かせ、香りで包み込んでから、静かに飲み干す。
そう、それはまるで誰にも渡さない手紙のように。封を開けるのも、自分自身であることを知りながら。
今夜のレシピと所作の記録
使用材料
- ハバナクラブ3年 45ml
- 自作強炭酸水 90〜120ml
- ロックアイス
- ※ミント、ライム等は加えず、そのままで
作り方の流れ
- グラスを冷凍庫でよく冷やしておく
- ロックアイスを静かに入れる
- ラムを注ぐ(ほんの少し多めに)
- 炭酸水をゆっくりと注ぐ
- マドラーで一度だけ、やさしく混ぜる
※ラムの量は、その夜の気分に合わせて。軽やかに飲みたいときは30ml、夜風により添いたいときは45mlがちょうど良いように思います。
おわりに
夜風に吹かれながら飲んだラムソーダは、甘さというより「懐かしさ」のような味わいがございました。
カクテルとは、不思議な飲み物です。南国の酒でも、今この台所で、深夜の空気と混ざりあう。
誰にも見られていない時間に、誰にも話していない気持ちが、そっとほどけていく。
明日もまた、生徒と向き合う自分でいられるように。
そんな願いとともに、私はグラスを洗い、開けた窓を静かに閉じました。