第二話:ひとつの音を待つ夜 ― ウイスキーソーダの静けさ
夜が深まり、外の通りもほとんど人の気配を失ったころ。食器の音が鳴りやみ、娘の寝息が安定してくると、私は冷凍庫を開けて、氷の袋に手を伸ばしました。
小さな生活音が、いつもより響いて聞こえる夜。その音に気を遣いながらも、私は確かに「自分の時間」に入っていきます。
冷えたグラスに氷を落とすと、カラン、とひとつ。この音が、私にとっての「今日の区切り」のようなものです。
ウイスキーという選択肢
今夜は、ウイスキーソーダ―つまり、ハイボールを作ります。
使用するウイスキーは、特別なものではありません。コンビニやスーパーでも手に入る、ブラックニッカ。
けれど、ウイスキーというのは「育てる酒」でもあります。同じ銘柄でも、飲む時間、割る比率、使う氷の大きさによって、まるで違う顔を見せてくれる不思議な存在です。
炭酸のはじける音を聴くために
ウイスキーソーダは、作る工程が非常にシンプルです。だからこそ、ほんの少しの手間と丁寧さが、仕上がりを左右します。
まず、冷えたグラスにロックアイスを入れます。そこへ、ウイスキーを静かに注ぐ。量は40ml前後。目分量ですが、「気分に合わせて」加減します。
次に、炭酸水をゆっくりと注ぎます。このとき、氷に直接当てるのではなく、グラスの内側を沿わせるように。
泡を暴れさせないことで、香りも味も澄んだまま保たれます。
混ぜるのは一度だけ。それも、氷の隙間をそっとくぐらせるように。
ここまで丁寧に作った一杯は、すっと喉を通って、体の奥で静かに広がっていきます。
眠る家族と、もう少し起きていたい夜
娘が眠ってからの時間というのは、1日の中で唯一、静かに「自分」に戻れる時間です。
部屋の隅に腰を下ろし、グラスを傾けながら、今日あった出来事を順番に思い返してみます。
ひとりの生徒が、英検二次試験の面接に向けて準備を進めていました。うまく話せるかどうか、不安そうな顔をしていたけれど、それでも「やってみます」と口にしたその一言には、小さな勇気がにじんでいました。
誰かの成長を見届けることで、自分の足元も、少しだけ確かに感じられる。そんな気がするのです。
なにも飾らず、けれど静かに整える
ハイボールは、見た目に華やかさがあるわけではありません。色は淡く、香りも控えめ。
けれど、氷と炭酸と酒だけでできているとは思えないほど、深い余韻を残してくれる飲み物です。
シェイカーも要らず、手の動きも少ない。ただ、雑に作ると、途端に味も気分も壊れてしまう。だからこそ、静かに、丁寧に作ることが大切になります。
夜の終わりに、整えるように作った一杯は、まるで心の掃除のようでもあります。
今夜のレシピとポイント
使用材料
- ブラックニッカ 40ml
- 自作炭酸水(無糖・強炭酸) 90〜120ml
- ロックアイス(市販の透明なもの)
作り方のポイント
- グラスは事前に冷やしておく
- 氷を静かに入れる
- ウイスキーを注ぐ(濃さはお好みで調整)
- 炭酸水をそっと注ぎ、泡を暴れさせない
- マドラーで一度だけ、氷の間をくぐらせるように混ぜる
※レモンなどを加えるアレンジも良いのですが、今夜も「なにも足さず」に。
おわりに
音を立てないように混ぜた一杯が、かえって心に余韻を残すのだと、そんなふうに感じた夜でした。
今夜のウイスキーソーダは、苦味も、泡の強さも、今日の疲れをそのまま受け止めてくれるような味わいでした。
明日もまた、穏やかな時間を重ねていけるように。
そう願いながら、グラスを洗い、氷の音を思い出しながら眠りの支度をいたしました。