はじめに
2019年10月13日、日曜日。
一の湯塔ノ沢キャトルセゾンから、一の湯新館へと移動をした朝。

目を覚ました瞬間、まず感じたのは「音がない」ということ。
昨夜まで、あれほど激しく叩きつけていた雨と風の気配が、まるで嘘だったかのように消えている。
障子越しに差し込む光は明るく、空の色は、疑いようのない快晴で青い。
「本当に、昨日はあの台風だったのか?」
そんな感覚に陥るほど、穏やかな朝でした。
台風一過の朝に感じた、奇妙な安心感
身支度を整えながら、窓の外を何度も確認。
山の緑は濡れて深い色になり、空気はひんやりと澄んでいる。
人間の感覚というのは、不思議なもの。
前日に極限の状況を経験すると、この「普通」が、異様なほどありがたく感じられる。
チェックアウトを済ませ、荷物をまとめて宿を後に。

この日のテーマは、「台風後の箱根は、どうなっているのか」。
それを確かめるために、歩きで行動を始めました。
まずは“一の湯 本館”へ
一の湯グループに宿泊すると、翌日でも利用できる「湯めぐり」という特典が。
まず向かったのは、塔ノ沢にある一の湯本館。

ここはキャトルセゾン以上に、川に近い場所に建つ宿。
受付で事情を聞くと、予想どおりの答えが返ってきた。
「川の水が温泉に入り込んでしまっていて、現在は入浴ができない状態です…」
やはり、という思いと、少しだけ胸が締めつけられる感覚。
温泉というのは、自然と人間の距離が近いからこそ、こうした事態にも直面することになる。
「何も起きていない」ように見える朝の裏側で、確実に爪痕は残っているのです。
早川と須雲川、二つの川の表情
そこから、塔ノ沢から箱根湯本方面へ向かう。
まず目に入ったのは、早川。

水位は異常なほど高く、茶色く濁った水が、ものすごい勢い。
護岸ギリギリまで水が来ているところもあり、前日の雨量の凄まじさを、改めて思い知らされる。
一方で、次に目にした須雲川は、驚くほど穏やか。

確かに、普段より水位は高い。

しかし、暴れ狂った痕跡は感じられず、水の流れは静かで、整っている。
「同じ台風を受けても、川によって、こんなにも違うのか…」
自然は一様ではない。
そして、人間の「安全」という判断も、こうした差異の上に成り立っているのだと実感しました。
判断する、という行為
須雲川の様子を見て、私の中で一つの結論。
「須雲川沿いなら、大きな問題はなさそうだ」と。
この判断をもとに向かったのが、万葉の湯グループ・天成園。

箱根湯本にある、日帰りで長時間滞在できる大型施設。

到着すると、そこは意外なほどの“いつも通り”。
スタッフは落ち着いて動き、施設も問題なく営業している様子。
「ここまで来れば大丈夫だろう…」
そう思えた瞬間、身体の奥にあった緊張が、すっと解けました。
“台風の翌日”を、あえてゆっくり過ごす
天成園では、夜までゆっくりと過ごすことに。

温泉に入り、休憩し、食事をする。

そしてもちろん、酒を飲む。

このようにして、ぼんやりと時間を過ごす。

前日は、自然の力に翻弄され続けた。

だからこそこの日は、人間がつくった安心できる空間の中で、何も考えずに過ごしたかったのです。
これは逃避ではなく、回復のための時間だったと思います。
帰宅しようとして、また問題が起きる
夕方、「そろそろ帰ろうか」と天成園の外へ。

暗くなった道を、箱根湯本駅へ徒歩で向かう。
駅に到着して知らされたのが、箱根登山鉄道全線運休。
台風の影響は、まだ完全には解消されていなかった。
仕方なく、バスで小田原へ向かうことに。
だが、本当の問題は、小田原に着いてからだったのです。
小田急線・新松田〜渋沢間のトンネル崩落
小田急線の駅員さんから聞かされた内容は、なかなか衝撃的だった。
「新松田から渋沢の間にあるトンネルが崩落していて、復旧まで数日かかる見込みです」
つまり、小田急線が分断されているということ。
代替手段として、
- 新松田 → 渋沢(バス)
- 渋沢 → 秦野(バス)
という輸送手段は用意されているが、「ものすごく混み合っている」とのこと。
不安よりも、妙な余裕
普通であれば、焦る場面。
しかしこのとき、私の心は意外なほど落ち着いていたのです。
「終電までは、バスは確実に動いている」
その一言で、すべてがどうでもよくなった。
「じゃあ、空くまで待とう!」
そして、その“待つ”という選択肢の中。

自然と飲みに行くという行動が含まれていた。

今思えば、完全にどうかしている。

しかし、前日から続く非日常の中では、それが一番自然な判断でした。
結果オーライという結論
バスが空くまでの待ち時間は、餃子の王将と焼き鳥日高へ。

ラグビーの試合を見ながら、ゆっくりと過ごす。

終電に近い時間帯、台風の爪痕を確認しつつ、小田原から新松田へ。

電車は驚くほど空いている。
新松田でバスに乗り換えたが、そこでもゆったりと座ることができ、何事もなかったかのように帰宅。
一日の終わりに、私が思ったこと。
「台風は確かに怖い。しかし、人間は案外、適応できる」
計画どおりにいかない旅。
トラブル続きの移動。
それでも、最後はちゃんと帰宅できるということです。
第二部のまとめ
台風が教えてくれた、判断と余白。
この二日間の箱根は、観光という言葉からは、ほど遠い旅。
しかし、
- 状況を見て判断すること
- 不安と冷静のバランス
- 「どうにもならない時に、どう過ごすか」
そうしたことを、強く考えさせられる時間でした。
会社員だった当時の私にとって、この旅は、
「自分で決める」練習のような旅だったのかもしれません。
そして最後に、飲んで帰るという選択をした自分を、今でも少し誇らしく思っています。
次に同じことが起きたら、また同じように、笑って対応できるだろうか。
いや、確実にできるだろう…
そんなことを考えながらも、この旅の記憶は、今も心に残っています。