“台風直撃の予報” を味方にした、予想外の旅
2019年10月12日、土曜日。
箱根・一の湯塔ノ沢キャトルセゾン。
「行くか、行かないか」と迷ったのは、宿を予約してからではない。
台風が関東直撃と分かった前日(金曜日)の時点で、「休みになる」と会社から告げられた時から。
普段、滅多に取ることができない連休。
その突然の“休日”の決定は、まだ会社員だった当時の私にとっては、思いがけない、大きなチャンス。
そして翌日の予定は、台風の中での一泊二日の箱根旅行へと決定。
今では考えられないが、当時の私は、「これは行くしかない」と、迷いなく思っていたのです。
台風が来る日に、列車で向かうという非日常
旅の始まりは、いつになく静かな電車の中。
小田急線で小田原へ向かう途中、車内には人っ子一人いない。
乗っているのは、我々二人と、運転手さんと車掌さんだけかも…
そんな錯覚に陥るほど、閑散としていた。
午後には計画運休が決まっていたため、「この電車が今日最後の運行かもしれない…」
そんな空気すら感じる。
外の雨風はまだ穏やかだったが、どこか胸の奥がざわついている感じ。
小田原のホームや発車案内には、「計画運休」の文字が。
もちろん、新幹線も、この日は計画運休となっていました(※1)。
※1:台風19号(2019年10月)は、関東〜東北に大きな被害をもたらした大型台風。JRや私鉄は翌日の運休を含めて計画的停止と記録。
小田原到着、そして宿へ向かう覚悟
小田原駅に到着すると、そこには日常にはあり得ない静けさ。
ホームに人影はなく、駅前にも、ほとんど人の気配がない。
駅から少し外れた場所で、他の電車の運行状況をチェック。
予想どおり、ほとんどの列車は運休か運休予定。
「せっかく来たのだから、まずは進もう…」
そう思いながらも、どこか身体の奥で、少しだけ不安が膨らむ。
すると、妻の携帯電話に着信。
宿のスタッフから。
「ご予定どおりいらっしゃいますか?」との確認の電話。
こちらの返事はもちろん「はい、向かっています…」
電話口のスタッフの声には、少し驚きと困惑の色が。
それも当然のことでしょう。
台風が確実に近づいてきているのですから。
正午過ぎ、宿に到着
この日は通常15時チェックインのところを、台風という特殊事情により、ホテルは柔軟に対応してくれました。
宿に到着したのは正午ごろ。台風接近という状況にもかかわらず、笑顔で迎えてくれたスタッフには、心から安堵を感じたのを覚えています。
向かったのは、リニューアルして間もないという部屋。
壁の木目の美しさとベッドの白さが印象的で、清潔感のある室内が気持ちを落ち着けてくれる。
広さも十分で、窓から見える緑の景色は、この後の天候を忘れさせるほど穏やか。
そう、まだ穏やかでした。
“なにもできない贅沢”を前にして
部屋に入り、まずやったことは―持ってきた酒と肴の準備。
今回は、
- 自宅から持ってきた日本酒・ワイン・ビールなど
- 自宅から持ってきた漬物
- コンビニで買ったつまみとスナックなど
- カップラーメン
という、とてもシンプルなラインナップ。
これは“非日常”を楽しむための、最小限の道具たち。
この瞬間、旅のモードがはっきりと立ち上がる。
「嵐の中で、だらだらと飲もう…」
腹の底から、そんな気持ちになっていたのです。
天候は次第に荒れていく
午前中はまだ穏やかだった雨と風が、午後になると次第に強まり始める。
部屋の窓越しに見える外の世界は、
- 木々が揺れ
- 遠くの空が暗く
- 川の水が激しく流れ始める
まるで旅館全体が、「これから何が起きてもおかしくない」と言っているように見える。
それでも、私はどこか静かな落ち着きを感じていた。
会社員としてやらなければならない仕事から離れ、家族との時間と向き合う。
それだけで心が満たされていました。
そして、鳴った三本の電話
そのとき、フロントから電話が。
最初の電話の内容は、このような感じ。
「川の水が温泉に流れ込んでおり、今すぐ入れなくなる可能性があります。」
頭の中で一瞬、「ふぅん」とだけ思った。
…本当にそうなのか…くらいの感じ。
次に電話が鳴る。
「建物の断水により、トイレが現在使えなくなっております。」
―まさか。
そんなことが、本当に起きるのだろうかと、現実と非現実の境目を行ったり来たりした。
電話の内容が次第に切迫してくる。
そして最後の電話。
「こちらは川沿いで危険と判断しましたので、こちらではなく別の宿への移動をお願いします。」
思わず、素直に笑ってしまった。
こういう旅は、人生で一度あるかないかだと思います。
移動先は「一の湯 新館」
宿側の配慮で、安全な場所と判断された新館へと移動することに。
スタッフが車で迎えに来てくれて、我々家族と、もう一組のお客さんを乗せて出発。
車内は、不安と期待が半々―
というより、どこか妙な高揚感に満ちていた。
「こんな日に来るなんて、無謀だよね」
そう笑い合いながらも、誰一人文句を言う者はいませんでした。
何か特別な体験を共有できるということは、人生の中でかけがえのない時間になりますから。
新館で迎えた夜
新館に到着した部屋は、どこか懐かしい昭和の香りがする空間だった。
少し古びた畳の足触り。だけど、そこが不思議と落ち着く。
外では、台風が勢いを増して吹き荒れている。
室内にいても、窓を通して聞こえてくる風の音と雨の轟き。
まるで劇場のようでもあった。
「自然の迫力を体感する夜」
深夜近くになって、その荒れ模様も次第に収まり、静寂が戻りました。
第一部のまとめ
想像もしなかった旅のはじまり。
この日の箱根行きは、元々はただの“休日の旅行”だった。
だが、予定どおりにはいかない天候に振り回される中で、いつしか私は、その状況を心から受け入れていた。
そしてこう思ったのです。
“旅とは、計画どおりにいかないことを楽しむ遊びである”
冒頭の小田急線の静けさも、新館へと案内される車中の笑い声も、台風の轟音さえも、すべてが“旅の物語”になっていたのです。
夕食や温泉、夜の時間。そして次の日の朝食の時間など。
その様子は、以前こちらを訪れた時のレポートに任せることにする。
今回は台風という“自然の主役”を脇に、私たちが行動した流れを伝えていくことにします。
ー第二部へ続く