「琥珀の時、静かに流れ」
―― 夜の本厚木にて ――
火曜日の夕方、塾の仕事を早めに切り上げ、ひとり、小田急線に揺られて本厚木へと向かいました。
目的地は、駅の北口から厚木中央公園に向かっていく途中にあるとあるバー。私にとって、本厚木でもっとも「バーらしいバー」、つまり、王道の一軒だと思っている場所です。
階段を上がって2階の扉を開けると、そこには静かで研ぎ澄まされた空間が広がっています。磨き込まれた長いカウンターに、鈍く光るグラス、棚にはウイスキーのボトルがずらりと並び、派手な装飾はありませんが、すべてに品がある。
この夜は、常連のおひとりと、数歩離れた席に腰かけた私と、そして穏やかなマスターの三人だけ。
写真①:照明を落としたカウンターの全景
まずは、いつものようにジントニックを一杯。グラスの縁にライムが軽やかに香り、ひとくち飲めば、喉に広がる清涼感とともに今日という一日が、静かに幕を閉じていくのを感じます。
続けて頼んだのは、マンハッタン。ライ・ウイスキーとスイート・ベルモットの絶妙なバランスに、ひとさじのアンゴスチュラ・ビターズが静かに余韻を残します。深く、甘やかで、どこか影のある味わい。それはまるで、少し古い映画の中に迷い込んだような、大人だけに許された時間のようでした。
写真②:マンハッタンのグラスと琥珀色の照明
この店には、会話がなくても心地よい沈黙が流れています。カウンターに置かれたグラス越しに、他の客の姿がぼんやりと映り込み、それがまるで映画のワンシーンのように見えてくるのです。
「夜は、自分の輪郭を確かめる時間かもしれない」
そんなことをふと思いながら、グラスの底に残った琥珀色の液体を静かに見つめておりました。
帰り際、マスターに軽く会釈して、ふたたび雑居ビルの階段を降りると、夜の街はすっかり静まり返っておりました。
小田急線の終電にはまだ少し時間があります。もう少し、この夜の余韻をまとっていたくて、私は駅前にあるはとぽっぽ公園のベンチに腰かけ、ほんのしばらく空を見上げてから帰路につきました。