Oasis『Don’t Look Back in Anger』とビール ― Berwick Street と結婚式の記憶

ロンドン、Berwick Street の匂いと光景

ロンドンのソーホー地区、その中心を貫くように走る Berwick Street(バーウィック・ストリート)

Oasis のアルバム『(What’s the Story) Morning Glory?』のジャケットにも登場したこの通りは、私にとって「青春の軌跡」が詰まった特別な場所だ。

ソーホーの街角を抜けると、いつも少し湿った空気の中にマーケットの喧騒が漂っていた。朝は八百屋が並び、果物や野菜の匂いが通りに広がる。午後になれば、路地に面したレコード屋が次々とシャッターを開け、入り口の前に段ボール箱いっぱいの中古盤を並べ始める。埃っぽい紙ジャケットをめくると、手に触れる感触までが音楽の記憶として残っていく。

私はロンドンに滞在していた頃、この通りを何度も何度も歩いた。時にはただ冷やかし、時には一枚のアルバムを掘り出してはその場で聴き込む。Reckless、Sister Ray…小さな店先で流れる音楽が、どこかしらこの街全体の空気と同調しているように感じられた。

Berwick Street は、ただの買い物通りではなく「音楽そのものが染みついた路地」だった。

そしてその通りに立つたび、私の頭の中で鳴っていたのが Oasis『Don’t Look Back in Anger』 だった。

結婚式での飛び入り合唱

この曲が私にとって特別な意味を持つのは、ロンドンでの思い出だけではない。

人生の大切な節目、結婚式でこの曲が鳴り響いた瞬間を、私は今でも鮮明に覚えている。

披露宴の中盤、友人たちが司会者に駆け寄り、半ば強引に「一曲歌わせろ!」と頼み込んでいた。その曲はもちろん『Don’t Look Back in Anger』

空気がざわつき、司会者も少し困惑しながらも、その熱意に押されてマイクが渡された。イントロが流れ出す。ピアノの和音が響いた瞬間、会場全体の空気が切り替わった。

友人たちが肩を組み、声を合わせる。歌詞は完璧ではなくても、心が揃えばそれで十分だった。テーブルの上にはグラスが並び、ビールの泡が揺れていた。乾杯の余韻がまだ残っていて、喉は潤い、声は自然に大きくなる。

そして、曲の最後のフレーズ。

「So Sally can wait…」から続く高揚の波を越え、「Don’t look back in anger, I heard you say」 のリフレイン。そこでマイクが私の手に渡り、会場が一瞬静まった。私は深呼吸をして、全力でその締めの一節を歌い切った。

歌い終えた瞬間、会場は拍手と笑い声に包まれた。妻も微笑みながらグラスを掲げ、友人たちは肩を叩いてくれた。あのときの空気は、ただのカラオケではなく、祝福の場に「音楽が介入して生まれた奇跡」だったと思う。

ビールと曲の関係

結婚式で口にしていたのは、アサヒスーパードライ

日本を代表するラガービールで、キレと喉ごしの良さが祝宴の場にぴったりだった。乾杯の度にグラスは空になり、友人の笑顔と一緒に次のジョッキが運ばれてきた。

ロンドン滞在時に通ったパブで飲んだのは、エールやビター。少し温度の高いリアルエールを木のカウンターで飲んだときの、あの香ばしさと柔らかい泡立ちを今も忘れない。

冷たくシャープなスーパードライと、豊かなコクのエール。一見対照的だが、どちらも「人と人を結びつける酒」であることに変わりはない。

ビールという飲み物には、不思議な「共同体の力」がある。乾杯を合図に人が近づき、肩を並べ、声を合わせる。まさに『Don’t Look Back in Anger』のサビのように、個々の声が重なり合って一つの大きなうねりになる。

英語の小話 ― “Don’t Look Back in Anger”

“Don’t look back in anger” は直訳すると「怒りを持って振り返るな」。

文法的には、命令文 “Don’t” に句動詞 “look back” が続き、“in anger” が心の状態を示している。

だが、Oasis のこの曲では「過去に囚われず、前を向いて生きろ」という意味で歌われている。

日常英会話でも、こんな風に言える:

  • “Don’t look back in anger — just move on.”
    (怒りを抱いて振り返るな、ただ前に進めばいいんだ。)

結婚式の場で友人たちと声を合わせたとき、このフレーズが単なる英語表現ではなく、「その瞬間の合言葉」になった。

Champagne Supernova × シャンパンとの対比

前回書いた 『Champagne Supernova』× シャンパン を思い出す。

エペルネの街で、シャンパンの泡に酔いしれながらスマホで曲を流したあの午後。偶然通りかかったイングランド出身のマダムと「Champagne Supernova」と声を合わせた瞬間。あのときのシャンパンは、きらめきと儚さを象徴していた。グラスの泡は消えていくが、その一瞬の輝きが永遠の記憶となった。

一方、『Don’t Look Back in Anger』と結びつくのはビールだ。

祝祭の場で声を合わせ、肩を並べる共同体の象徴。泡は豪快に立ち、喉を潤し、人と人をつなげる。シャンパンのように華やかで洗練された輝きではない。だが、日常の中で繰り返し飲まれ、人を寄せ集める力を持つ。

  • シャンパンは「一瞬のきらめき」
  • ビールは「声を重ねる共同体」

そして、Oasis の二曲もまたその性質を映し出している。

『Champagne Supernova』は幻想的で刹那的。『Don’t Look Back in Anger』は現実的で大衆的。

酒と音楽。両方が人の記憶に寄り添い、過去の場面を呼び戻す。

私にとって、この二つの組み合わせは「人生の大切な瞬間を、確かに刻むもの」として並んで存在している。

おわりに

エペルネの午後に聴いたシャンパンの泡の音。結婚式の夜に歌いきったビールの泡の記憶。

どちらも消えてしまう泡だが、消えた後に残る余韻は永遠だ。

そしてその余韻の中で、私は今も Oasis を聴き、グラスを傾け続けている。

10月25日、土曜日の東京ドーム。手に入れたチケットSS席。

今から楽しみでたまらない。

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