第六話:緑の香りと沈黙 ― シャルトリューズ・トニック
午前0時を少し過ぎた頃。私は窓を開けきらず、閉めきらず、ほんの数センチだけ隙間を残すようにして、その前に椅子を置きました。
冷たい風が入るわけでもなく、虫の音が届くわけでもない。
けれど、この小さな空間に流れ込んでくる「夜気」は、いつもどこか、考えごとを引き出してくるような気がするのです。
そんな夜に、手に取ったのはシャルトリューズでした。
修道士の手から、グラスの中へ
シャルトリューズ・ジョーヌ。あるいは、ヴェール。どちらにするかは、棚を開けてから考えることにしました。
今夜は「ジョーヌ(黄色)」にいたします。柔らかく甘く、けれど確かなスパイスを感じる、まるで沈黙を香りにしたようなリキュールです。
この酒が「130種類以上のハーブでできていて、その配合の仕方はこの世で3人しか知らない」と知ったとき、私はどこか、少し身構えてしまいました。
けれど、氷を入れたグラスに注ぎ、炭酸水で割ったその一杯は、むしろ「複雑さ」ではなく「輪郭の曖昧さ」を届けてくれました。
教えるということの、揺らぎ
この頃、授業中にふと考えることがあります。
生徒にとって、私が「はっきりした存在」であるべきなのか、それとも、答えより問いを残す「曖昧な存在」であるべきなのか。
受験という明確なゴールに向かって進むなかで、ときには遠回りが必要なこともあります。
英語の文法の説明に迷いが出たとき、それをすべて解きほぐして説明するのではなく、「このあたりは、あえて揺らしておく」と決めることもあるのです。
そう、シャルトリューズのように…
輪郭をぼかしたまま、香りと余韻だけで伝える―それもまた、ひとつの教え方かもしれないと、思いました。
今夜のシャルトリューズ・トニック
冷凍庫で冷やしておいたコリンズグラスに、コンビニで買ったロックアイスをそっと入れます。
シャルトリューズ・ジョーヌを30ml。濃すぎず、けれど確かに香り立つ分量を。
そして、ウィルキンソンの炭酸水。音を立てずに注ぐよう、グラスの内壁を伝わせます。
マドラーで一度だけ、氷を滑らせるように混ぜ、窓辺に置く。薄い緑色が、深夜の光に吸い込まれていくように見えました。
今夜のレシピと余白
使用材料
- シャルトリューズ・ジョーヌ 30ml
- 強炭酸水 90mlくらい
- ロックアイス
- ※レモンやライムは加えず、そのままで
作り方
- グラスを冷やす(冷凍庫または氷水で)
- ロックアイスを静かに入れる
- シャルトリューズを注ぐ
- 炭酸水をグラスの側面からゆっくり注ぐ
- 一度だけ、マドラーでやさしく混ぜる
※加糖しない。甘さは酒の中にすでにある。
※氷の量で冷たさと余韻のバランスが変わる。
おわりに
すべてが明確で、はっきりしていて、答えが見えるものばかりの世の中で、この一杯だけは、あえて曖昧なままでよいと思える。
シャルトリューズ・トニックは、そんなグラスです。
複雑さを否定せず、それでもなお静けさを保ち、一口飲むごとに、知らなかった記憶に触れる。
それはまるで、生徒が思いもよらず口にした一言に、こちらの心が動かされる夜のようでもありました。
ー深夜のカクテルグラスー 〜第一部完〜